オーディオドラマ「五の線2」

闇と鮒

石川を舞台にした実験的オーディオドラマ「五の線」の続編です。

  • 15 minutes 28 seconds
    129 【お便り紹介】
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    五の線2終了直後(2017年)に頂いていたお便りに今更ながらの返信です…。
    よかったらお聞きください。

    成田ナオさん/hachinohoyaさん/踊る屍さん
    1 May 2019, 3:00 pm
  • 18 minutes 9 seconds
    128.2 最終話 後半
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    「12月24日お昼のニュースです。政府は24日午前、2015年度第3次補正予算案を閣議決定しました。今回の補正予算は今年10月に国家安全保障会議において取りまとめられた「日本国の拉致被害者奪還および関連する防衛措置拡充に向けて緊急に実施すべき対策」に基づいた措置を講じるためものです。
    この予算案では先ごろ国内で発生したツヴァイスタンの工作員によるテロ未遂事件を受けてのテロ対策予算の拡充として500億円。ツヴァイスタンに拉致された疑いがある特定失踪者の調査費として28億円。近年日本海側で脅威となっている外国船の違法操業対策および外国公船の領海侵入対策として海上保安庁の予算を新たに1,000億円追加します。あわせてツヴァイスタン等によるミサイルの脅威に対抗するため、新たに5兆円の防衛予算を措置します。防衛予算においては国際標準である対GDP比2%の達成を継続的に維持するため、来年度の本予算においては今回の補正予算の5兆円を既に盛り込んだ10兆円とする予定です。これで今回の補正予算における予算額は合計で5.1兆円となります。これはリーマンショック以降の補正予算としては過去最大規模のものとなり、政府はこの内の5兆円を赤字国債の発行によって財源を捻出します。
    また、政府は今回の安全保障政策の拡充を図る財政政策を積極的に行うことで、現在の日銀による金融緩和政策と連携して、デフレ脱却の起爆剤にすることをひとつの目標としています。
    それでは今回の補正予算についての総理のコメントです。」
    テレビの電源を切った片倉は立ち上がった。
    「もう行くん?」
    「ああ。やわら行かんとな。」
    「次はいつ家に戻って来るん?」
    「そうやな…。」
    「新幹線は3月14日に開通するらしいわよ。」
    「あ…そうか…その手があったか。」
    「2時間半で東京やし、私もいつでも行こうと思ったら行けるわね。」
    「ふっ…来ても相手出来んかもしれんぞ。」
    「別にいいわいね。あなたが相手できんがやったら若林さんと一緒にお茶でもするわ。」
    「え…。」
    片倉は絶句した。
    「嘘よ嘘。あの人つまんない人なの。」
    「どこが。」
    「だって少しは不倫しとる感じださんといかんから、手でも繋ごっかって言ったら、ボディタッチだけは勘弁してくれって。後で変な誤解が生まれたらあなたにどつかれるって。」
    「ふっ…。」
    「ぱっと見韓流スターみたいで素敵なんやけどねぇ…。」
    「やめれ。」
    「あ怒った。」
    「怒っとらん。」
    そう言って片倉は妻を抱きしめた。
    「京子は?」
    「ほら、またあなた忘れとる。」
    「何が。」
    「今日はクリスマスイブやよ。」
    「あ…。」
    「相馬くんとデートでもしとるんやろ。」
    妻の肩越しに片倉は笑みを浮かべた。


    「え?東京に?」
    「うん。」
    相馬と京子は昭和百貨店の一階にある喫茶店にいた。
    「なんでまた。」
    「知らんわいね。」
    プリンを食べ終わった相馬はナプキンで口を拭った。
    「あれ?」
    「なに?」
    「ちょ…京子ちゃん…。」
    遠くを呆然として見つめる相馬に京子は怪訝な顔をした。
    「だから何ぃね。」
    「ほら…あそこ…。」
    相馬が指す方を京子は振り返って見た。
    「え…。」
    そこには山県久美子が猫背の男と向かい合って座っていた。


    「東京に行かれるんですか。」
    「ええ。」
    「どうしてまた。」
    男は胸元からハンカチを取り出した。
    「あ…。」
    「覚えてらっしゃいますか。これ。」
    「ええ。」
    「こいつを渡してこようと思いましてね。」
    「たしか…娘さんでしたっけ。」
    「おお、よく覚えてますね。」
    「だって古田さんみたいな人がウチの店にひとりで来るなんて、普通ないシチュエーションですから。」
    「あ、やっぱり。」
    2人は声を出して笑った。
    「それにしてもあれから随分と日が経ってますけど。」
    「ええ、ちょっと立て込んどってなかなかあいつのところまで行けんかったんですわ。」
    「そうですか。」
    「まぁあんたとこうやってここで茶を飲めたのも何かのご縁やったってことですわ。」
    「そうかもしれませんね…。」
    そう言ってコーヒーを口に運んだ時のことである。久美子の動きが止まった。
    「どうしました?」
    笑みを浮かべた久美子は古田の後ろを指さした。彼はそれに従って振り返る。
    「あ。」
    「そう言えば今日はクリスマス・イブでしたね。古田さん。」
    ポリポリと頭を掻いた古田は苦笑いを浮かべた。


    「はいもしもし。はいええ…。ですからブログ記事の出版はお断りしてるんですよ。え?どうやって取材?知りませんよ。おたくも出版社ならそこら辺のノウハウあるでしょ。ええ…はい…ですからそれはできません。」
    黒田は眉間にしわを寄せながら電話を切った。
    「...ったく...あいつら何なんだよ。なんで俺がブログ書いた人間だってわかるんだよ。」
    「すごいっすね。黒田さん。あれから半年も経ってんのに、まだ出版社からバンバンオファーがあるじゃないっすか。」
    「あん?」
    「俺は思ってましたよ。黒田さんはできる男だって。」
    「なんだよ三波。お前気持ち悪いぞ。」
    「いや。黒田さんこそジャーナリストっす。会社の他の記者連中にも爪の垢煎じて飲ませてやりたいっすよ。」
    「キモい。」
    「黒田さん。実は俺いまネタに困ってるんですよ。何か旨いネタありませんかね…。」
    「ない。自分の足で稼げ。」
    「そんなこと言わずに。」
    そうこうしている間に黒田の携帯が鳴った。
    「はい。…え?金沢銀行と高岡銀行の合併!?マジですか!?」
    電話を切った黒田は急いでノートパソコンをリュックにしまった。
    「ヤスさん!」
    「何だよ。」
    「ヤスさん。今から金沢銀行です。」
    「えぇ…今日は定時で帰らせてくれよ。」
    「駄目です。スクープです。」
    「そんなこと言わずたまには三波にも譲ってやれよ。お前が出張ると必然的に俺がカメラ回すことになるんだからさ。」
    「そうですよ黒田さん。安井さんの言うとおりですよ。黒田さんも安井さんも働きすぎです。」
    「つべこべ言わないで下さい安井さん。行きますよ。」
    「嫌。」
    「なんで!」
    「だってお前口臭ぇもん。」
    安井は鼻を摘んだ。
    「うるさーい!」
    「年内に医者行ってなんとかするって言ってたじゃん。」
    「それとこれ何の関係あるんですか!」
    「…ねぇな。」
    笑みを浮かべた安井はカメラを取りに控室へ向かった。


    昭和百貨店を出た相馬たちはバス停でバスを待っていた。
    「今日はお休みなんですか?」
    「うん。」
    「だってクリスマスやし、店混んどるんじゃないんですか。」
    「いいの。今日はちょっとゆっくりしたいの。なに?京子ちゃんウチの店手伝ってくれるの?」
    「え?今日?」
    「うん。」
    京子は相馬を見た。彼はしょうもない顔をしている。
    「ははは。嘘よ。そんなことしたら相馬君が怒っちゃう。」
    「う…うん…。」
    「あのね今日はお墓参りに行こうと思ってるの。」
    「あ…。」
    「最近忙しくってなかなか行けなかったから、あの人のところに行こうと思ってね。」
    「一色さんですね。」
    久美子は頷いた。
    「熨子山行きのバスは後30分後ですね。」
    「うん。」
    「それにしても古田さんも水臭いですね。」
    「え?」
    「あとは若いもんでクリスマスイブの楽しい時間を過ごしてくれって行って帰ってしまった。」
    「あ…何かあの人、東京の方に行くらしいよ。」
    「え?東京?」
    「うん。だから私にお別れを言いに来たみたい。」
    相馬と京子の表情が変わった。
    「京子ちゃん。」
    「周。」
    「なに二人とも。」
    「これってアレじゃねぇが。」
    「周もそう思う?」
    「おう。」
    「何よ2人揃って…。」
    困惑した久美子をよそに相馬と京子は何やらブツブツとお互いの意見を交換しているようだった。


    「久美子はこれから熨子山の一色の墓に行くみたいです。」
    「そうか。」
    「ワシはこれからあいつを付けます。」
    「頼む。なにせ鍋島の特殊能力の影響を受けて存命する数少ない人間のひとりだからな。」
    「はい。しかし石電の警備員が自殺とは…。」
    「鍋島の妙な力のメカニズムが解明されないことには、あの事件は本当の意味で解決したことにはならないからな。」
    「片倉から聞いています。都内でもなんや常識じゃ考えられん殺しが起こっとるって。」
    「そのための片倉招集だ。」
    「休む暇なしですな。松永理事官。」
    「あーあ本当だよ。古田、お前も片倉と一緒にこっちに来いよ。こっちは猫の手も借りたいんだ。」
    「勘弁してください。ワシはここで片倉の代わりに久美子を監視することに専念させて下さい。わしも年で正直身体が言うこと効かんくなっとるんですわ。」
    「撃たれてもまだ久美子の監視に従事してんのに?」
    「ははは。まぁあとわし結婚式も出んといかんですから。」
    「あー佐竹のか。...えっとあれはいつだったっけ。」
    「明日ですよ。」
    「明日!?マジか。」
    「マジっす。」
    「...そいつは良かったな。おめでとう。」
    「一色の同僚警官からのお祝いの言葉、あいつにしっかりと伝えますよ。」
    古田はクリスマスの電飾光る香林坊の並木道を眺めた。コートなどの防寒着に身を包んだ通りを行き交う者たちは皆、一様に笑顔である。
    「あ。」
    「何だ。」
    「そういやぁ理事官もやわらご結婚っちゅう歳...。」
    「うるさい。構うな。」
    「なんか良い人おらんがですか。」
    「その話はもうするな。俺は恋などとうに忘れた。」
    「それ...どこかで聞いたような...。」
    「切るぞ。後は頼んだぞ。」
    一方的に電話を切られた。
    「なんだかんだ言ってワシはまだまだおもろい奴らと仕事できとるわ。」
    ポケットに手を入れた古田の頭に冷たいものが当たった。ふと空を見上げるとそれははらはらと舞い降りてくる粉雪たちであった。
    「えーっと明日の挨拶どうすっかな...。」



    31 December 2016, 11:37 pm
  • 14 minutes 40 seconds
    128.1 最終話 前半
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    コミュの会場となった会館前には複数台のパトカーが赤色灯を灯して駐車していた。会館には規制線が敷かれ関係者以外の立ち入りは厳禁となっている。週末金沢駅の近くということもあって、このあたりで仕事帰りに一杯といった者たちが野次馬となって詰め寄せていた。規制線の中にある公園ベンチには、背中を赤い血のようなもので染め、遠くを見つめる下間麗が座っていた。


    「ついては岡田くん。君にはこの村井の検挙をお願いしたい。」
    「罪状は。」
    「現行犯であればなんでもいい。」
    つばを飲み込んで岡田は頷いた。
    「よし。じゃあ君の協力者を紹介しよう。」
    「え?協力者?」
    奥の扉が開かれてひとりの女性が現れた。
    「岩崎香織くんだ。」
    岩崎は岡田に向かって軽く頭を下げた。
    「岩崎…?」
    ーあれ…この女、どこかで見たような…。
    「近頃じゃネット界隈でちょっとした有名人だよ。」
    「あ…。ひょっとしてコミュとかっていうサークルの。」
    「正解。それを知っているなら話は早い。そのコミュってのが今日の19時にある。そこにはさっきの村井も共同代表という形でいる。」
    「村井がですか?」
    「ああ。」
    「君には岩崎くとにコミュで一芝居うって欲しい。」
    「芝居…ですか。」
    「ああ。芝居のシナリオはこちらでもう用意してある。君はその芝居に一役噛んだ上で、流れに任せて村井を現逮してくれ。君らが演じる芝居が村井の尻尾を出させることになるはずだ。」
    「大任ですね。」


    「お疲れさん。」
    彼女の横に座った岡田がミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出した。それを受取った麗は何も言わない。
    「迫真の演技やったな。」
    「…。」
    「それにしても村井の奴、お前が刺されて倒れとるっていうげんに、お前んところに駆け寄ってくることもなく、淡々と参加者を煽っとった。」
    「…。」
    「薄情なもんやな。」
    「…そんなもんですよ。」
    「ん?」
    「私はいつもそういう役回りだった。みんなロクに新規の参加者の獲得もせずに、能書きばっかり垂れてる。私は自分が唯一人より優れている外見を活用して新規の参加者を獲得してるのに…。私自身は全く評価されなかったわ。」
    「ほうか…。」
    「何かの度に私をヴァギーニャとか言って持ち上げるくせに、楽屋裏では私に対する妬みばかり。挙句の果てに私が色仕掛けしてまで参加者を獲得しているなんてデマまで流して…。」
    「酷ぇな。それ。」
    麗はペットボトルに口をつけた。
    「…でも、兄さんはいつも私のことを心配してくれた。」
    「兄貴ね…。」
    「コミュの皆をまとめるために、時には周りと同調するようにあの人は私のことを責め立てた。でもその後直ぐにフォローの電話をしてくれた。お前には辛い思いをさせているがもう少しの辛抱だって。」
    「妹思いの兄ってやつか。」
    「でもその兄さんも、お父さんもあなた達に捕まってしまった。」
    「麗。お前の話は本部長からひと通り聞いたわ。」
    「そう…。」
    「はっきり言うけど俺はお前に同情はせん。」
    岡田は麗を断じた。
    「さっきも放っといたらヤバいことになっとった。コミュの連中を原発まで動員してあそこで騒ぎを起こす傍ら、俺を片町のスクランブル交差点にトラックごと突っ込ませて、テロをする予定やったんやからな。」
    麗は黙って岡田を見た。
    「そんなもんを企てとったお前の兄貴と親父は法によって裁かれる。これはこの国では至極当たり前のことや。俺らはその当たり前のことを実行するために居るんやからな。」
    「兄さんとお父さんはこれからどうなるの。」
    「わからん。こっからは俺ら警察の管轄じゃない。」
    「そう…。」
    岡田は一枚の紙の切れ端を取り出してそれを麗に渡した。
    「なに?…これ。」
    「本部長が言っとった約束のあれや。お前が捜査に協力してくれれば母ちゃんの面倒をお前が見れるようにさせるって。」
    「何よこれ…住所が名古屋じゃない…。お母さんは都内の病院にいるって言ってたわよ。」
    「ほうや。お前の母ちゃんは都内の病院や。こいつは入管の住所。」
    「入管?」
    「入管にも話し通してあるってよ。麗。まずはお前はここで難民申請をしてこい。申請してこの国の方に則って、晴れてこの国で誰にもはばかることなく下間麗として暮らせ。」
    「え…。」
    「んで母ちゃんの看病をしてやれ。」
    麗はメモに目を落とした。
    「俺らは下間麗なんて人間のことは何も知らん。」
    「岡田さん…。」
    「ほんじゃあ、お前のことを待っとるやつが居るから、俺はここでお別れや。」
    「…。」
    「晴れて日本で暮らせるようになったら、いつでも俺を訪ねて来い。」
    メモには携帯電話の番号が書いてあった。
    「そこに突っ立っとる主演男優と一緒にな。」
    そう言って岡田は彼女に背を向けた。
    規制線の外に出た岡田はそこに立っている男の肩を叩いた。肩を叩かれた男は駆け足で麗の方に向かって来た。
    「長谷部君…。」
    麗の側まで駆け寄った長谷部はなにも言わずに彼女を抱きしめた。麗の瞳から涙が溢れ出した。
    「麗…。ごめん…力強すぎた…。」
    抱きしめながら麗の背中を擦る長谷部の様子を、相馬と京子の2人は遠巻きに見つめていた。


    冨樫は何も言わずに机の上に古ぼけたカメラを置いた。
    「下間。これは何や。」
    「何って…カメラだ…。」
    「見覚えは?」
    下間は首を振る。それを見た冨樫は落胆した表情になった。
    「何だ。」
    「…これはな。仁川征爾の持ちもんなんや。」
    「仁川…。」
    「お前の息子がお前に言われるがままに背乗りした、仁川征爾のな。」
    「…そうか。」
    「お前やな。征爾の両親を事故に見せかけて殺したんは。」
    下間は頷く。
    「なんでほんなことしたんや。」
    「愚問だ。俺らには仕事の選択権はない。上の言うことはすべてだ。上が指示を出したからやった。以上だ。」
    「上とは。」
    「執行部。」
    「朝倉は。」
    下間は苦笑いを浮かべた。
    「関係ない。当時はまだあいつは公安だったはずだ。俺らとあいつはむしろ対立関係にあった。」
    「じゃあその執行部とは。」
    「本国だ。」
    「ツヴァイスタン本国。」
    「そうだ。」
    下間はため息をついた。
    「でなんだ。そのカメラ。」
    「あいつの両親を世話したおっさんがまだご存命でな。このカメラ持ってずっと征爾の帰りを待っとる。んでな、そのおっさんがこう言うんや。もしも征爾が生きとったらこいつで写真撮って自分のところにそれ送ってくれ。もしも征爾が死んどったらこのカメラを墓にでも供えてくれって。」
    「そうか…気の毒なことをした。」
    下間は天を仰いだ。
    そして口をつぐむ。
    「…冨樫とか言ったな。」
    「…おう。」
    「それは随分と古いカメラみたいだが、ちゃんと動くのか。」
    「あ?ああ…。動作確認はできとる。」
    「じゃあそのおっさんに仁川の写真撮って送ってやれ。」
    「え…?。」
    「仁川征爾は生きている。奴はツヴァイスタンに拉致された。」
    取り調べの様子を記録している捜査員の手が止まった。
    「なに?」
    「言っただろう。仁川はツヴァイスタンにいる。」
    「お…お前…そいつは…本当のことか…?」
    「ああ。お前ら警察は掴んでたんだろう。」
    冨樫は口をつぐんだ。
    「ツヴァイスタン工作員による拉致は掴んでいたが何もできなかった。なぜならそれがセンセイ方の意向だったから。」
    「…。」
    「拉致問題があると言って、日本はツヴァイスタンに拉致された国民を奪還する術はないからな。」
    「現状はな。」
    こう言った冨樫の顔を見た下間はニヤリと笑った。
    「本気なのか。政府は。」
    「ワシはただの末端公務員。政府中枢の思惑はわからん。」
    「今回の手際の良い警察の動きを見る限り、俺には伝わってくるよ。」
    「そうか。」
    「ふっ…。これで少しはまともな国になるかもな。」
    31 December 2016, 11:34 pm
  • 22 minutes 9 seconds
    127.2 第百二十四話 後半
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    7時間前 12:00
    「1512室ですか?」
    「はい。」
    「失礼ですがお名前をお願いします。」
    「岡田と言います。」
    「岡田様ですね。失礼ですがお名前もいただけますか。」
    「圭司です。」
    「岡田圭司様ですね。しばらくお待ちください。」
    ホテルゴールドリーフのフロントの女性は受話器を取って電話をかけはじめた。
    「フロントです。ロビーにお客様がお見えになっています。はい。ええ男性です。岡田さんとおっしゃるそうです。ええ。はい。かしこまりました。それではお部屋までご案内致します。」
    女性は電話を切った。
    「私がご案内いたしますので、一緒に来ていただけますか。」
    「え?どこか教えてくれれば自分で行きますけど。」
    「当ホテルのスイートルームになりますので、私がご案内いたします。」
    「スイート?」
    エレベータを5階で降りそのまま廊下をまっすぐ奥に進むと、いままであった部屋のものとは明らかに作りが違うドアが現れた。重厚な作りの観音扉である。女性はインターホンを押した。暫くしてその扉は開かれた。
    「おう。」
    「え?」
    扉を開いたのは数時間前まで捜査本部に岡田と一緒にいた、県警本部の捜査員だった。
    「え…なんで?」
    「まあ入れま。」
    豪華な作りの玄関を抜け、いよいよ部屋の中に入るという時に岡田は異変を感じ足を止めた。
    「あれ?おいどうした。」
    「あの…なんか騒がしくないですか。」
    「ほうや。訳あって大所帯になっとる。」
    捜査員が部屋の扉を開くとそこはくつろぎの空間というより会議室だった。上座中央には最上が座り、その隣に土岐が座っている。
    「よく来たね岡田くん。」
    「本部長これは一体。」
    「土岐くんは君に紹介するまでもないね。」
    「え…ええ。」
    「じゃあこちらから紹介しよう。まずは県警本部警備部公安課の神谷警部。」
    最上の紹介にあわせて神谷は頭を下げた。
    「え?公安?」
    「次に同じく警備部公安課の冨樫警部補。」
    「冨樫です。よろしくお願いします。」
    「そして冨樫くんの前に座っているのは…。」
    岡田は思わず目をこすった。
    「み…三好…さん?」
    三好は岡田を見て笑顔で会釈をした。
    「なんで…。」
    「岡田くん。まぁ掛けてくれ。」
    最上に促されて岡田は席についた。
    「岡田くん。君をこの席に呼んだのはほかでもない。先程も言ったように君には最後の仕上げをして欲しいんだ。」
    「あの…本部長。」
    「岡田くん。君は「ほんまごと」の記事が真実に迫るものがあると言った。」
    「あ、はい。」
    「その根拠は君が信頼する人間が紹介してくれた奴が、あの記事を書いているからと言った。」
    「はい。」
    最上は立ち上がった。
    「その君が信頼する人間ってのは片倉くんだ。」
    「え?」
    「県警警備部公安課課長、片倉肇くんだよ。」
    「公安課課長?」
    「そうだ。民間企業の営業マンじゃない。彼はれっきとした警察官だよ。」
    片倉は警察をやめ警察OBが経営する会社の営業になった。この情報しか持ち合わせていなかった岡田は最上の言葉がにわかには信じられない。
    「岡田くん。ほんまごとを読んだだろう。あれは片倉くんによる公安警察の捜査内容そのものなんだ。病院横領事件、一色の交際相手の強姦事件、熨子山事件、鍋島の生い立ち、村上殺害の謎、ツヴァイスタンの工作活動実態、背乗り、金沢銀行の不正プログラムなどなど、あの全てが片倉くんによって黒田にリークされた。」
    「ほ…本当ですか。」
    「本当だ。」
    岡田は唾を飲み込んだ。
    「初見であの記事を完璧に読み解くのは困難だ。なにせ情報量が多すぎる。記事自体は衝撃的な内容が目白押しだが、熨子山事件をずーっと追っている人間ぐらいしか読み解けない内容になっている。だが長年デカをやっている勘のいい君はあれを読み解いたんだろう。」
    「…警察の中にもツヴァイスタンの協力者がいる。」
    「…さすがだね。」
    「居るんですか。」
    「正確に言うと居た。」
    「居た?」
    「ああようやくパクったよ。ついさっきね。」
    「ひょっとして…その協力者は…。」
    「朝倉忠敏。」
    「…やっぱり。」
    「朝倉はついさっき片倉課長の手で逮捕されたよ。」
    「どこでですか。」
    「公安調査庁の中で。」
    「公調の中で?」
    「うん。」
    後ろ手に組みながら最上は部屋の中をゆっくりと歩き回る。
    「本件捜査はチヨダ直轄マターでね。極秘裏に進められていた。本件捜査のコードネームはimagawa。」
    「イマガワ…。」
    「imagawaは朝倉を中心としたツヴァイスタン関係者を一斉検挙するのが目的の捜査だ。その詳細は話せば長くなるからここでは君に説明しないよ。それよりもだ。」
    「はい。」
    「実はこのimagawaはまだ終結していないんだよ。」
    「本丸の朝倉がパクられたと言うがにですか?」
    最上は頷く。
    「ほんまごとの中に村井という人物の名前が出てきただろう。」
    「村井?ですか?」
    「ああ。<Sと少年>という行に出てきている。」
    岡田は記憶を辿った。
    「あ…ありました。Sの調査助手をしとるとか言った…。」
    「そうだ。その村井をその目で見た男がここに居る。」
    何かに気がついたのか。岡田は席上の一人の男を見た。
    「そう。Mこと三好元警備課長だ。」
    こう言って最上は再び席についた。
    「ついては岡田くん。君にはこの村井の検挙をお願いしたい。」
    「罪状は。」
    「現行犯であればなんでもいい。」


    「どうやそっちは。」
    「スタンバイOK。」
    岩崎がステージの中央に立った。そして参加者に対して一礼すると会場は割れんばかりの拍手で覆われた。
    「香織っ!」
    ステージとは対極にあるホールの入口が開かれ、ひとりの学生風の男が突然現れた。
    「香織…こんなところで何やっとれんて…。」
    男は力なくステージに向かう。彼が進む先の参加者の群衆は2つに割れ、岩崎への道を作り出した。彼はその道をゆっくりと進む。壇上の岩崎は戸惑いを隠せない。
    「何なんや…。これ…。お前こんなキモい会の運営なんかやっとったんか。」
    男のキモいというフレーズに会場内は凍りついた。
    「最近連絡が取れんと思っとったら、こんなとこでお前は不特定多数の男連中に色目使ってチヤホヤされとったんか.。」
    「おい何だあいつ。」
    村井がスタッフに尋ねた。
    「...わかりません。ヴァギーニャって彼氏とかいましたっけ?」
    「いや聞いたことがない。」
    「追い出しますか。」
    「ああそうしろ。」
    複数のスタッフが男を取りおさえるために駆け寄る。すると男は壇上めがけてダッシュした。
    そして岩崎を背後から羽交い締めにした。
    「おい!何やってんだ!」
    男の手にはサバイバルナイフが握られている。彼はそのナイフを岩崎の背中に突きつけた。
    「あ…。」
    会場は凍りついた。岩崎は男によって人質に取られたと会場の全員が理解した瞬間だった。
    「お前らふざけんな。香織は俺のモンや。香織はオメェらみたいなキモオタなんか眼中にねぇんだよ!」
    「おい落ち着け。」
    村井が男に声をかける。
    「あん?」
    「落ち着け。ひとまずその物騒なものを置け。」
    「あんだテメェ。なんで俺に命令なんかすれんて。」
    「命令じゃない。ナイフを床においたらどうですかって提案してるだけだ。」
    「気に食わん。」
    「じゃあどうしろと?」
    「香織を殺す。」
    「え?」
    「香織は俺のモンや。オメェらにはぜってぇやらん。」
    「ちょ…待て。」
    村井が声を発する前に男が持つナイフの刃が岩崎の背中に入り込んだ。そしてそのまま岩崎は床に倒れた。
    今まで見たこともない状況が目の前で起こった。会場の全員は状況をまったく飲み込めない。ただ沈黙が流れる。しかしそれはある参加者の悲鳴で解かれることとなった。コミュの運営スタッフは全員で男を取り押さえた。
    「へ…へへへ…ざまぁ。」
    ヘラヘラと笑いスタッフに連行される男とは対象的に岩崎はピクリとも動かない、ようやく運営スタッフが彼女に駆け寄り声をかけた。しかし反応はない。何度も何度も声をかけ体を擦るも反応はない。その様子を見ていた参加者たちがここで感じたのは岩崎の死だった。
    「みなさん!落ち着いて!」
    村井が声をあげた。
    「皆さん落ち着いて下さい。いま救急車が来ます。僕らはそれに望みを託すしかありません。」
    岩崎の側のスタッフは諦めずに彼女の名前を呼び続ける。
    「男はこちらで取り押さえました。既に警察に通報しました。これも救急車同様もうすぐ来るでしょう。ですが…」
    村井は言葉に詰まった。
    「…なんで…なんでこんなことが起こってしまうんだ…。彼女は前から警察に相談していたはずだ…。」
    村井の言葉に会場はざわつく。
    「みなさん。岩崎は以前から警察に相談をしていました。ストーカーに付きまとわれていると。ですが警察はそれを取り合ってはくれませんでした。その結果がこれです。そしてこの結果を作り出した警察がこの事件の捜査をおこなうんです。なんなんでしょうか!?泥棒が泥棒を捕まえるってまさにこのことじゃありませんか?こんな職務怠慢が放置されていていいんでしょうか?良い訳ありません。絶対に撲滅するべきです。」
    そうだそうだと村上に同調する声が上がった。
    「岩崎はヴァギーニャです。我々の女神です。この女神に危害を加えさせることになった警察の不手際は不手際という簡単な言葉で片付けられていいんでしょうか?」
    会場のものたちは首を振る。
    「そうです。そんな言葉で許されるわけがないのです。第一考えても見て下さい。あの警察機構というのは権力そのものです。権力は絶対的に腐敗します。この事件はその腐敗もここまできていると言うことの証左でもあります。」
    みな村井に同調している。
    「我々は既得権者や権力者から数々の迫害を受けています。彼らが私たちにこういった仕打ちをするのは、裏を返せばそれだけ奴らにとって我々は都合が悪い存在だということを示しています。都合が悪いと思われるのは我々が一定の影響力をもっているからです。奴らは我々を脅威に思っているのです。それは翻って言えば我々は強いということです。我々は強い。強い我々は奴らを打倒するために今こそ行動を起こさなければなりません!」
    会場から歓声が上がった。村井の演説が会場を一体化させた。
    「ヴァギーニャの命に変えても革命を成し遂げる!我々は今こそ立ち上がるときだ!我こそはと思うものだけが私に続け!私の考えに同調しないものは、今すぐこの場から去れ!」
    村井の言葉に殆どの参加者が賛同していたが、中にはやはりこの異様な空気についていくことができずに会場を後にするものもいた。しかし彼らはことごとく会場外で運営スタッフに止められ別室へと連れられていった。
    「村井さん!」
    参加者の一人が声を上げた。
    「なんですか。」
    「村井さんのおっしゃるその革命はどうやってなし得るんですか。」
    「聞きたいですか。」
    「ぜひ。おそらくここにいる皆も聞きたいと思っています。」
    参加者は村井を見つめている。彼は深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。
    「暴力によってのみ革命は成し得る。」
    「暴力?」
    「ええ。」
    「…村井さん。詳しく聞かせてくれませんか。」
    「残念ながらここにいる皆にとはいきません。」
    「じゃあ私にだけ聞かせてください。」
    「君だけに?」
    「はい。」
    参加者たちからブーイングが起きた。村井はそれを制止する。
    「どうして君だけに?」
    「今川さんから言われています。」
    「今川…。」
    村井の表情が変わった。
    「ぜひその任を私に。」
    「あなたの名前は?」
    「岡田です。」
    31 December 2016, 9:00 am
  • 10 minutes 23 seconds
    127.1 第百二十四話 前半
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    金沢駅近くの会館。この一階の大ホールに大勢の人間が集まっていた。コミュの定例会である。参加者は先日のものより数段多い。これも岩崎香織が電波に乗った効果なのだろうか。
    「みなさん。こんばんわ!」
    司会者が参加者に向かって大きな声で挨拶をするとそれに参加者は同じく挨拶で応えた。
    「いやー今日は随分と参加者が多いですね。特に男性の方がいつもより多い気がします。」
    彼がそう言うと参加者はお互いの顔を見合った。
    「やっぱりなんだかんだと言ってテレビの影響力ってすごいんですね。試しに聞いてみましょうか。今日始めてここに来たっていう人手を上げてみて下さい。」
    半数が手を上げた。
    「なるほどー。じゃあ今手を上げた人たちにもうひとつ聞いてみましょうか。岩崎香織を見てみたいって人は手を上げてみて下さい。」
    全員である。
    「いやー岩崎人気はすごいですね。」
    ステージの裾の方にいた村井は腕時計見目を落とした。そして側にいたスタッフに声をかける。
    「インチョウは。」
    「駄目です。携帯の電源が切られてます。困りましたね。」
    「…何なんだよ。こんな大事な時に。」
    「連絡が取れんがですから。仕方が無いっすよ。村井さんがインチョウの代わりにこの場を仕切るしかないっす。」
    「俺がか?」
    「ええ。そのための共同代表っしょ。」
    「まあな…。」
    こう言って村井はステージ袖の奥にひとり佇む女性の側に駆け寄った。
    「岩崎。」
    「あ…はい…。」
    「おまえインチョウのこと知らいないのか。」
    「はい。」
    村井は舌打ちした。
    ーそれにしてもあの今川さんが直々に俺に電話をしてきたってのが気になる…。


    昨日
    「え?明日のコミュでインチョウと岩崎の身に危険が?」
    「そうだ。とある情報筋から入手した。だからあいつらの周辺には常に目を配れ。」
    「はい。」
    「ただお前らがいくら目を光らせたところで、相手がプロの場合はどうにもならない。もしものことがあれば村井、お前がコミュを引っ張るんだ。」
    「俺がですか。」
    「ああ。明日は決起の日だろ。」
    「はい。手始めに夜の片町のスクランブル交差点にトラックを突っ込ませます。」
    「週末金曜の夜に酒を飲んでごきげんな奴らを轢き殺すのはわけもない。コミュに来ているようなリア充憎しの連中にはもってこいの対象だな。」
    「原発の爆発事件で世間がそっちに向いている中、ソフトターゲットを襲うことで市民の恐怖感を増幅させます。ソフトターゲットのテロを頻発させることで恐怖は警察や警察などの統治機構への疑念にかわっていきます。そうやって日本国人の分断を図ります。」
    「もしも。もしものことだが、インチョウや岩崎に何かがあればそれを利用しろ。コミュは迫害を受けていると。そうすることでコミュの団結力も増すはずだ。」


    ーまぁインチョウが来られないんだったら、とりあえずあの人の安全は確保できるってわけだ。ただもしもこの岩崎に何かがあったら…。今日これだけの人数が集まったのも岩崎をひと目見たいってだけのただのミーハーばっかり。アイドルの追っかけみたいなキモい連中ばっかりだ。もしも岩崎が今川さんが言うような危険に晒されるようなことがあったら、こいつら爆発しかねない。
    「村井さん?」
    「あん?」
    「どうしたんですか顔色が悪いっすよ。」
    「気にすんな。」
    ーまてよ…。そのミーハー達の怒りを利用すればいいか。
    「テレビをご覧になられた方はご存知かと思いますが、私達コミュでは数名のグループに分かれて話し合います。そこでグループメンバーの意見をすべて受け入れて、その後に自分の思いの丈を語る。ですからお目当ての人と同じグループになれるかどうかは保証できないんです。」
    司会者がこう言うとご新規さん達の表情が途端に曇った。
    「ですが今日はじめてコミュに来られた方にだけ特別な措置を講じようと思います。」
    会場はざわついた。
    「それはコミュの代表からご説明させていただきます。」
    司会者がこう言うと、既存メンバーからインチョウの登場を期待する歓声が上がった。
    「それでは代表よろしくお願いします!」
    ステージの袖から村井が現れた。
    いつもとは違う人物の登場に既存メンバーの周辺はざわついた。
    「みなさんこんばんは。」
    参加者は村井に応える。
    「いまほど司会が言ったように、今日はたくさんの方に来ていただいて僕も本当にうれしいです。私、コミュを運営する村井といいます。よろしくお願いいたします。」
    村井は深々と頭を下げた。
    「本来なら共同代表のインチョウも一緒にご挨拶させていただくところですけど、残念がらインチョウはどうしてもはずせない急用ができまして本日コミュに参加できません。寛容な精神をお持ちの皆様ですので、その辺りはぜひともご理解いただけることと思います。」
    他者の意見を受け入れることが前提のコミュにおいて、この村井の一言は参加者に響いたようだ。参加者たちは一様に頷いて村井に理解を示している。
    「さて、今日は普段よりご新規さまが大勢お越しのようです。そのご新規の皆さんのお目当ては他でもない当方の運営担当の岩崎であると、先程判明しました。」
    既存メンバーからかすかな笑い声が起こった。
    「僕がこういうのも何なんですが、岩崎に目をつけた皆さん。お目が高い。彼女はこのコミュではバギーニャと言われています。バギーニャとは女神を指す言葉です。どうして女神と言われるか。見た目の美しさも去ることながら、彼女はありとあらゆる悩みや意見を本当に分け隔てなく聞き入れる力を持っているからです。」
    古株の参加者たちは村井の言葉に頷く。
    「本当に今日は多くの方がお越しになられています。なので今日は特別にはじめてのみなさん全員を岩崎のグループにセッティングしようと思います。岩崎のグループということはみなさんは皆平等に彼女との接点を持てるということです。」
    この発言に新規メンバーから歓呼の声があがった。
    「さあ私の挨拶はこれぐらいにして、皆さんお待ちかねの方に登場してもらいましょう。バギーニャ!」
    ステージ袖から岩崎がゆったりとしたBGMにのせて静かに登場した。会場の参加者たちは彼女の美貌に思わずため息をついた。先程、岩崎と平等な接点を持てるということで湧き上がっていた新規メンバーたちもこの時は皆彼女の佇まいに静かに見入った。
    「堂々としたもんですね。」
    「慣れとるんや。」
    「多分こうやって岩崎目当てで来た連中を釣って、上手に取り込んで勢力を拡大させてんでしょうね。」
    「今日だけの特別措置とかもったいぶっとるけど、おそらくこれはいつものことや。」
    「そうでしょうね。」
    耳に装着したイヤホンから聞こえる声に、コミュの参加者に混じる岡田が応えた。
    31 December 2016, 8:00 am
  • 19 minutes 47 seconds
    126.2 第百二十三話 後半
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    「若林くん。朝倉部長に聴かせてあげろ。」
    「はい。」
    携帯電話を取り出した若林もまた、応接机の上にそれを置いた。

    「工夫しろ若林。」
    「あまり事を荒立てるなといっただろう。」
    「ですが、あまりに突然のことでしたので。」
    「その後の工夫が足りんと言ってるんだ。」
    「はっ。もうわけございません。」
    「しかしお前は籠絡だけは上手い。」
    「ありがとうございます。」
    「だが程々にしておけよ。あまり深入りすると足がつく。」
    「何せ公安の奥方ですからね。」43

    音声を聞いた片倉の表情が変わった。
    「公安の…奥方…?」

    「なんだ若林。」
    「今もまだベッドでぐっすり寝ていますよ。そろそろ帰らないといけないんですが。」
    「くくく…。」
    「いやぁ40しざかりって本当なんですね。」
    「そうか…。そんなにか。」
    「ええ。ちょっとこっちが引くくらいでした。」
    「はははは。この下衆男め。」
    いつになく朝倉の表情が豊かである。
    「部長。これは仕事です。」
    「ああわかっている。からかってすまなかった。」
    「こっちも必死なんですよ。何とかして奮い立たせないといけませんから。」
    「ふふふ...今日のお前は愉快だな。自分の思い通りにアレを制御できるってのは俺にとって羨ましい限りだ。若さだな。」
    「若さですか?」
    「いや、特殊能力といったところか。」
    「特殊能力?何のことですか?」
    「…あ…いや…なんでもない。」
    「お褒めの言葉として受け止めれば良いでしょうか。」
    「ああ。最大級の褒め言葉だ。なんだこの下衆なやり取りは。ふふっ。」
    「では旦那の方は部長のほうでよろしくお願いします。」
    「ああ、慰めてやるよ。」83


    「酷いですね。朝倉部長。あなたは片倉課長の家族問題を案じるがために、今日この場に彼を呼び寄せた。それがどうでしょうか。このやり取りを聞く限り、どうもあなたが若林くんを唆して(そそのかして)問題の火種をつくっているようにも思えます。」
    「わ…若林…貴様…。」
    朝倉の震えは怒りから失望によるものに変わっていた。
    「朝倉部長。あなたは人間を駒としてしか見ていない。だからこんな非道な手法を私に強いた。」
    「な…何を言っている…貴様…。片倉!ほ・ほら…貴様の奥方を手篭めにした男がここに居るぞ!こいつだ。こいつが貴様の悩みの元をつくってるんだ。」
    「言ってねぇよ。」
    「え…。」
    「言ってねぇって。朝倉。」
    「な…なに?貴様、何呼び捨てしてんだ…。」
    「言ってねぇって言っとんじゃ!」
    片倉は凄みに思わず朝倉は一歩引いた。
    「その録音に俺の嫁なんて言葉は出てねぇぞ朝倉。ほれなんになんでオメェは公安の奥方って言葉だけで、俺の嫁を指すってわかったんや。」
    「う…。」
    「あのな…。いい加減気付けや。」
    「な…に…。」
    「はじめから俺らはお前をマークしとったんや。」
    「え…。」
    片倉を見ていた朝倉は直江を見た。彼は冷たい眼差しを浴びせる。振り返って若林を見ると彼も同様だ。
    「き…きさまら…。」
    「本件捜査のコードネームはimagawa。朝倉。お前はこのコードネームを俺らが狙うホンボシと勘違いしとったようやな。」
    「な…。」
    「直江はお前に救われたわけじゃねぇんだよ。潜入だよ潜入。」
    「な…なんだと…。」
    「若林署長は松永理事官の潜入。」
    「くっ…!」
    「俺は一色からの潜入だよ。」
    「い…一色…だと…。」
    部屋のドアが勢い良く開かれ男が現れた。
    「ま…松永!」
    「若林署長。お務めご苦労だった。」
    「はっ。」
    「岡田課長が最後の仕上げに選抜されたよ。」
    「そうですか。彼ならきっとやり遂げてくれることでしょう。」
    若林の労を労った松永は一転して朝倉に冷たい視線を浴びせる。
    「朝倉忠敏。往生際が悪いぞ。」
    「ま…待て…これは何かの間違いだ…。そうだ!長官は…。」
    慌てふためくように朝倉は自席にある電話に手を伸ばした。
    「無駄だ。朝倉。」
    「え?」
    松永の背後から一人の人物が姿を現した。
    「げぇっ!」
    それは波多野であった。
    「あ…あ…あ…。」
    驚きのあまり朝倉は言葉を失った。
    「聞かせてもらったよ。朝倉くん。」
    「あ…。」
    「残念だよ。君が黒幕だったとはね。」
    「先生…違います…違うんです!」
    「違わない。」
    「え…。」
    「官邸にいるころから分かっていたよ。君のこと。」
    「え!…ま・まさか…。」
    「そうだよ。本件imagawaは私による絵だよ。」
    「…と…言うことは。」
    「そうだ。君を県警からこちらに抜擢したのも私の絵だ。公安調査庁長官もその辺りはすべて了承済みだ。」
    朝倉は膝から崩れ落ちた。
    「俺は…はじめからあんたに…。」
    「本当は熨子山事件の時にすべてを解決するつもりだったんだがね。」
    「熨子山事件の時に?」
    「ああ。君の不審な動きをあの事件の時にあぶり出して、一気にツヴァイスタン側の目論見を潰そうと考えた。だが一色くんが鍋島によって殺害されたために、それが困難になった。だから方針転換して村上の件だけを解決する通常の捜査本部の動きにした。松永くんを派遣してね。」
    「あ…あ…。」
    「君を含めたツヴァイスタン側の目論見を潰すためには、警察組織の内部に浸透している君自身を欺かなきゃいけない。一色くんには悪いが、熨子山事件はあれで一旦終止符を打った。けれども君はそうとも知らずにその後も今川らと妙な動きをしている。ここで僕はimagawaの実行を決意したわけだ。」
    「く…くそぉっ!」
    朝倉は拳で地面を思いっきり叩いた。
    「くそっくそっ!」
    「片倉課長。」
    松永が片倉の名前を呼んだ。
    「はい。」
    松永は手錠を片倉に渡した。
    「お前がワッパをかけろ。」
    「はい。」
    手錠を手にした片倉は朝倉に向き合う。
    「朝倉忠敏。」
    「…なんだ。」
    「あんたはかつてスパイ防止法成立に尽力した。」
    「…ふふふ。なんだ今更。」
    「その時のあんたの我が国の治安を思うまっすぐな行動は警察内部で賞賛された。」
    「…。」
    「しかし残念ながらその法案は政治の力で廃案にされ、その手の法案は未だ未整備や。」
    「そうだ。政治の馬鹿どもが自分らの利権をいかに守るか、いかに作り出すかで綱引きをしている間に、敵国の浸透工作は進んでいる。あいつらは自分の利権や保身のことしか考えていない。そういう既得権益をぶち壊して、本当のあるべき社会を作り出すには暴力による革命しかないんだよ。」
    「革命ね…。」
    「そうだ革命だ。」
    「…朝倉。ここは日本だぜ。」
    「だから何だ。」
    「天皇陛下がいらっしゃられる。」
    「天皇?」
    「あんたがシンパシーを受ける共産国家と日本は根本的に違う。あんたの思想は絶対にここ日本では受け入れられん。マッカーサーでもできんかった2600年の国体の破壊をお前ごとき元警察官僚ができるはずもねぇやろ。」
    「片倉…。貴様…。」
    「日本の治安を守るために必要な法案がくだらん政治家の思惑だけで潰される。確かにそれは残念なことや。けどな。それがこの国の現実なんやって…。平和ボケしたこの国の現実なんや。それを現実として受け止められればあんたは警察官僚としてまだ進むべき道はあったはずや。」
    「…なんだ…それは。」
    「まどろっこしいけど、防諜の重要さを国民に喚起させるための啓蒙活動。」
    「はっ…ばかばかしい。そんなものどこのマスコミに話しても一蹴される。」
    「朝倉。もうそんな時代じゃねぇんだよ。」
    片倉は携帯電話を見せた。そこには「ほんまごと」が表示されていた。
    「ここには熨子山事件の全てが書かれとる。ほんでその背景にツヴァイスタンの工作活動があると書いてある。」
    「…なんだこれは…。」
    「今はこの手のネットの情報がマスコミのフィルタを通したもんよりも受け入れられつつある。ネットの記事を読んどる連中は分かってんだよ。既存のマスコミの情報にはバイアスがかかっとるってな。重要やと思われたネタはSNSで一瞬で拡散される。」
    「拡散…だと…。」
    「ああ。この「ほんまごと」は絶賛拡散中。これを読んだ連中はツヴァイスタンがどういった手を使って、この国に浸透工作を行ってきとるんかを知り始めとる。知って我が国の防諜体勢の不備に疑義を唱え始めとる。」
    「なんだと…。」
    「残念やったな朝倉。あんたのスパイ防止法は時代を先取りしすぎた。いまのタイミングであんたが動いとったらあの法案も国会で通っとったかもしれん。」
    「ばかな…。」
    片倉は朝倉に手錠をかけた。
    「朝倉忠敏。殺人教唆の疑いで逮捕する。」
    「殺人教唆だと?」
    「ああ。」
    「ふっ…その罪状には疑義があるな。」
    「なんで。」
    「確かに俺は直江に古田の始末を言った。だが直江がそれを行った形跡は見えん。」
    神妙な面持ちで片倉は朝倉を改めて見た。
    「鍋島は死んだよ。」
    「なに!?」
    「悠里に頭を撃ち抜かれてな。」
    朝倉は言葉を失った。
    「あんたが今川に指示を出し、それが下間芳夫に下りる。んでそいつを下間悠里が実行する。これであんたの殺人教唆は成立や。」
    「と…言うことは…。」
    「悠里はいま北署で取調中。残念ながらきょうのコミュには出席はできんよ。」
    がっくりと肩を落とした朝倉はそのまま床に倒れ込んだ。
    「おいおいこれぐらいでくたばってんじゃねぇよ朝倉。」
    そう言うと片倉は部屋の中にあるテレビの電源を入れた。
    画面には記者会見の模様が写し出されている。質疑応答のようだ。
    「すいません。もう一度お伺いします。いまの加賀専務のご説明ですと、そのドットメディカルの今川がツヴァイスタンの工作員で、それの行内協力者が橘融資部長ということでいいんですか。」
    「な…に…。」
    呻くような声で朝倉は反応した。
    カメラは加賀の冷静な表情を抑える。
    「はい。概ねその認識で結構かと思います。つまり業者を装って当行のシステムに物理的に入り込み、周到な細工を施して特定の層に便宜をはかっていたということです。」
    「どうしてそのような対象だけに融資が実行されるようなプログラムを、ドットメディカルは施したんでしょうか。」
    「それは今後の捜査の進展によって明らかにされることと思いますので、ここではコメントを差し控えさせていただきます。」
    突然記者会見の様子が来られスタジオに戻された。
    「えー今入ったニュースです。先程警察の発表でドットメディカル納入のI県警のシステムにおいても金沢銀行同様の不正なプログラムが施された疑いがあるということで、今日の午後に記者会見を行う予定のようです。繰り返します。本日明らかになった金沢銀行の顧客情報システムに、納入業者であるドットメディカルが特定の対象者にとって有利に融資が実行されるシステムを組んでいたことが、金沢銀行の内部調査によって明るみになりました。そしてつい先程、金沢銀行同様の問題が発覚したとの発表がありました。警察はこの件については本日午後記者会見を行う予定です。」
    片倉はテレビを切った。
    「とりあえず今は殺人教唆。ほやけどこれからあんたの関連する悪ぃことがわんさと出てくる。ほんでも現在の法体系の限界ちゅうもんにぶち当たる。そうすりゃ流石に国民も『ほんなんで本当に日本の防諜体制は大丈夫か?』ってなるやろ。そしたらすこしはスパイ防止法の芽も見えてくるよ。」
    朝倉の顔から表情がなくなっていた。
    30 December 2016, 12:00 pm
  • 10 minutes 47 seconds
    126.1 第百二十三話 前半
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    ドアをノックする音
    「来たか。」
    朝倉はドアに向かって部屋に入るよう言った。
    長身の男がドアを開け、ゆっくりとした動作で部屋に入ってきた。
    「え…。」
    片倉の存在に気がついた男は思わず立ち止まった。
    「なんでお前がここに…。」
    「これは…どういうことなんや…。」
    「部長。これはどういうことですか。」
    男は不審な顔で朝倉を見るが彼は意に介さない。
    「片倉。この男に見覚えがあるだろう。」
    「…え…。」
    「紹介しよう。直江首席調査官だ。」
    朝倉は直江に片倉に挨拶をするよう促した。
    「…直江真之です。いつぞやはお世話になりました。」
    「直江…やっぱりあん時の…。」
    「朝倉部長。これはいったいどういうことですか。」
    直江の顔には朝倉に対する不信があからさまに出ていた。
    「貴様の代わりだよ。」
    「え?」
    「モグラは退治しないとな。」
    「モグラ?」
    朝倉のこの発言に片倉は絶句した。
    「え…。」
    「調査対象であるコミュに調査員を派遣させるも、奴らは常にそれを察知していた。」
    「なんやって…。」
    「公調の動きがどうも奴らに筒抜けになっている。そう考えた俺は警察を装って内密に金沢銀行にコンドウサトミの捜査事項照会書のFAXを送った。」
    「…。」
    「俺は敢えて週末の業務時間終了後にFAXを送った。それが関係部署の人間の目に止まるのはおそらく週明け月曜の朝。その間、銀行は閉まっている。だがすぐさまその情報は今川らに周った。だから金沢銀行であんな事件が起こった。守衛と警備責任者である小松が消され、コンドウサトミの捜査事項照会書もコンドウサトミの顧客情報もすべて鍋島によって消されるというな。」
    「…。」
    「俺がFAXを送ってから半日も立たないうちに事件は起こった、この迅速さをどう説明するんだ。ん?直江。」
    直江は何も言わずに朝倉を睨みつけている。
    「熨子山事件で本多を摘発するなどして有能だった貴様が、組織内部の権力闘争に巻き込まれて閑職に追いやられているのが俺は見るに耐えなかった。だから長官に進言して貴様をここに引っ張った。そして俺の側で働いてもらった。それなのに貴様はあろうことか公調の調査対象そのものにネタをリークしていたわけだ。」
    「…。」
    「一体いつからだ?直江。いつから今川のイヌになった。」
    淡々と話す朝倉、黙って彼の発言を聞いている直江。その両者のただならぬ緊張感に片倉は身動きすらとれない。
    「貴様がどういう意図で奴らと接点を持っていたのかは知らん。しかし貴様の目論見は潰(つい)えたぞ。」
    「どういうことですか。」
    「今川も江国も下間もみな県警にパクられた。」
    「…下間もですか。」
    「あぁ。芳夫な。」
    この瞬間、片倉の方直江がちらりと見たような気がした。直江は大きく深呼吸をして重い口を開いた。
    「残念だったな。」
    この直江の言が部屋にしばらくの沈黙をもたらした。
    「…なに?」
    「言いたいことはそれだけですか。朝倉部長。」
    「何だ貴様…開き直りか。」
    直江は胸元からおもむろに携帯電話を取り出した。
    「あなたの都合のいいストーリーを聞くのはもうごめんですよ。」
    そう言って彼は携帯を操作して、それを応接机の上に置いた。

    「我が公調においてツヴァイスタン工作要因として従前より最重要監視対象であるこの今川が、下間芳夫という別の工作員を介して、あの事件後も尚、鍋島に資金を提供していることが明るみになるとあなたにとって非常に都合が悪い事態となりますね。」
    「鍋島惇は死んだと判断したのは俺だ。この俺の判断が間違っていたということになる。」
    「当時の事件の重要参考人です。例え不作為であろうと間接的にあなたは鍋島の逃走を幇助したことになる。それはあなたの責任問題にもなりかねない。」
    「確かにな。」
    「今川はコミュというサークル活動を仁川をして組織させ、そこで反体制意識の醸成を図っている。鍋島がその今川の子飼いの部下であったとなると、これまたあなたは不作為であるにせよ間接的に今川を利する判断をしたことになる。」74

    「き…貴様…。」
    朝倉の表情が変わった。
    「まだあります。」

    「ふっ...いいだろう。お前は優秀だ。誰かさんと違って物分かりが良い。」
    「部長がおっしゃる誰かというのがいまひとつピンときませんが。」
    「直江、俺の協力者になれ。」
    「人事を握れ。」
    「その後は。」
    「古田を消せ。」

    「直江ぇ!貴様!」
    絶叫して朝倉は直江の胸ぐらをつかんだ。
    「え…。いま何て…言った…。」
    突然の展開に片倉は動揺している。
    「貴様!何でっち上げてるんだ!俺はこんなこと言っていない!」
    「部長。落ち着いてくださいよ。まだあります。」
    机の上に置かれた携帯電話から音声が再生され続ける。

    「察庁は何をやっている。」
    「さあ。」
    「松永は無能か。」
    「そうかもしれません。」
    「直江、少しはフォローしたらどうだ。」
    「いえ。フォローのしようがありません。」
    「お前も酷い男だな。」
    「ですが、この一件で警察内で明るみになった事があります。」
    この言葉に朝倉は15秒ほど沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
    「コンドウサトミこと鍋島惇の生存か。」
    「はい。奴の生存が察庁内で明るみになったということで、熨子山事件に関わった人間の聴取が始まることでしょう。」
    「それはお前の方でうまい具合に調整をつけておけ。」
    「どのように?」
    「知らぬ存ぜぬでいい。」
    「と言いますと?」
    「鍋島は七尾で村上よって殺害されたと判断するのが当時の状況から最も合理的な判断だった。それ以上でもそれ以下でもないと。」83

    「一旦は熨子山事件の自分の判断ミスと間接的に今川らを利することを行った事を認めていたはずなのに、この時点ではそのもみ消しを図っている。」
    「知らん!俺は知らんぞ!直江…貴様…そんな録音…どうにでもでっち上げられるだろうが!」
    「録音?」
    「ああ…。」
    「おかしいですね。部長。私はこれを録音なんて一言も言ってませんよ。」
    「ぐぐぐ…。」
    朝倉は肩を震わせた。
    「なんだ貴様は!俺をおちょくってるのか!」
    朝倉は直江に殴りかかった。だがそれは片倉によって制止された。
    「離せ!離せ片倉!」
    「離しません。」
    「離さんか!」
    朝倉は片倉の腕を振りほどいた。
    「はぁはぁはぁはぁ…。」
    「朝倉部長。確かにわたしの録音だけだと証拠不十分かもしれません。ですがもうひとつあるとすればどうでしょう。」
    「なに!?」
    「おい!入れ!」
    直江が声を上げると部屋のドアが開かれた。
    「…わ…若林…。」
    ガッシリとした体格にも関わらず、顔はほっそりとした制服姿の若林が現れた。
    30 December 2016, 11:00 am
  • 16 minutes 33 seconds
    125 第百二十二話
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    霞が関合同庁舎の前に立った片倉は、登庁する職員に紛れていた。皆、言葉も何もかわさずただ黙々と歩き続ける。立ち止まった彼はおもむろに携帯電話を取り出して電話をかけた。
    呼び出し音
    「片倉です。おはようございます。」
    「おはよう。いまどこだ。」
    「公庁の前です。」
    「なに?予定は15時だぞ。」
    「なにぶん不慣れな東京です。昨日の夜金沢出て車で休み休み来ました。」
    「車?」
    「はい。これがあと半年先ですと北陸新幹線で2時間半とちょっとでここに来ることができたんかもしれませんが。」
    「北陸新幹線な…。」
    「まぁ部長との予定の時間まで随分ありますから、それまでどっかのネットカフェで休憩でもとります。」
    「待て。せっかく来たんだ。俺の部屋まで来い。」
    「え?」
    「こっちも遠路はるばるお前が来るから、何かおもてなしをしないとと思って、その準備をしようとしていたところだ。」
    「そんな…気を遣わんでも…。」
    「こんな時間にまさか貴様が来るとは思わなかったから、何の準備もできていないが、空調が効いた部屋にいるほうがお前も疲れがとれるだろう。」
    「あ…いいんですか?こんな田舎のいちサツカンが部長の部屋で休憩をとるなんて。」
    「いい。俺の部屋は治外法権だ。」
    「ふっ…。」
    「なんだ。」
    「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」
    「話を通しておく。そのまま庁舎に入って受付に案内してもらえ。」
    「はい。」
    携帯を切った片倉は拳を握りしめた。
    「治外法権ね…。」

    片倉は部長室のドアをノックした。
    「おう。ちょっと待ってくれ。」
    部屋の中から朝倉の声が聞こえた。暫くしてドアが朝倉の手で開かれた。
    「良く来たな。片倉。」
    「すいません。こんな早い時間に。」
    「まぁ入れ。」
    「失礼致します。」
    部屋に通された片倉は備え付けの応接ソファに腰を掛けた。
    「金沢からどれくらいかかった。」
    「ノンストップなら6時間もあれば着くんでしょうが、本当に休み休みで来たんで結局10時間ぐらいかかりましたよ。」
    「そうか…。ご苦労さん。」
    そう言うと朝倉は缶コーヒーを片倉に差し出した。
    「すまんな。まだ庶務の人間が登庁してないんだ。なんでも急に子供が熱を出したとかでな。俺はお茶出しとかの気の利いたことはできん。だからこれで勘弁してくれ。」
    「そんな…ありがとうございます。」
    そう言って彼は缶コーヒーを開けて口をつけた。
    「手際が良いじゃないか。片倉。」
    「え?何のことですか。」
    「今回の捜査のことだよ。」
    「と言いますと?」
    朝倉は呆れた顔で片倉を見た。
    「何言ってんだ。県警の捜査から離れたと思ったら、その後釜の人間が一気にホシを検挙。」
    「あ・あぁ…それですか。」
    「見事だよ。今川は土岐部長によってパクられ、奴の上司に当たる七里も外注先のHAJABの江国も一気にパクった。」
    「…それは俺の部署とは直接的な関係はありませんよ部長。」
    「なに?」
    「そもそも俺はチヨダの人間です。表向きは俺は土岐部長の直属の部下ですが、実際のところは察庁の松永理事官の指揮下にあります。チヨダマターは土岐部長には何の関係もありません。けど俺らが追っとった今川は情報調査本部の土岐部長の手でパクられた。俺はむしろ手柄を土岐部長にかっさらわれたわけですわ。」
    朝倉は無言になった。
    「第一うちのチームは鍋島も下間も誰もとっ捕まえとりません。それどころか鍋島に原発に入り込まれて爆発事故まで起こしとるんです。俺ん所は全然駄目です。犯罪を水際で食い止めるのが俺ら公安の仕事。ほやけど最近は水際どころか表に出てきとる。こうなると俺ら公安の存在意義がどんどんなくなっていきます。」
    「片倉。自分を責めるな。」
    「普通の仕事はなにかがあったらそれにどう対応するか。どう営業成績をあげるか。これが評価の対象です。ですが公安の仕事は違う。俺らは出版の校正マンみたいなもんです。世の中に出回る本は誤字脱字がなくて当たり前。当たり前の状況を作り出すことが校正の仕事です。もしも誤植があれば一大事。問題が発生することそのものが校正マンにとってはあってはいけない事です。つまり目に見える事が起こることがマイナス評価。他人の目に触れることがない仕事をしとるわけですから、評価なんかされにくいですわ。」
    朝倉は片倉の語りに耳を傾ける。
    「最近は何やっても鍋島や下間に裏をつかれるし、ほんで手柄は身内にかっさらわれる。」
    「鍋島はどうなんだ?」
    片倉は首を振る。
    「未だ行方知らずか。」
    「はい。」
    「挙句、貴様の家庭は問題を抱えたまま…か。」
    「そうです。もう俺は踏んだり蹴ったりなんですわ。」
    朝倉はため息をついた。
    「片倉。」
    「はい。」
    「貴様は自分の能力を過小評価している。俺は貴様を評価しなかったことは一度もない。」
    「部長…。」
    「ただ今の貴様は精神的に相当参っているようだ、電話でも言ったように今の貴様には休息が必要だ。先ずは休んで心を落ちつけろ。そして家庭に向き合うんだ。」
    「はい。そのつもりです。」
    「足元をしっかりと固めてからでいい。それまで俺は待つ。それから共に仕事をしよう。」
    片倉の瞳に熱いものがこみ上げた。
    「お・そうだった。」
    そう言うと朝倉は時計を見た。
    「片倉。ちょうどよかった。貴様に紹介したい人間がいる。」
    「え?」
    「あとしばらくでここに来る。どうだ会ってみないか。」
    「あの…どういった人間で?」
    「モグラだ。」


    金沢銀行殺人事件捜査本部の本部長席に座った岡田はモバイルバッテリーを刺した自分の携帯電話を見ていた。
    ーこの「ほんまごと」、情報の確度が高すぎる。これが黒田の記事ってやつか…。ほんでもネタ元が片倉さんやとすっと、あの人なんでこんだけのネタ持っとらんや…。あの人はサツカンから足洗ったはずねんけど…。
    「岡田課長。」
    若手捜査員が岡田の名前を呼んだ。
    「何や。」
    「最上本部長がお呼びです。別室までお願いします。」
    「本部長が?」
    岡田は携帯を持ったまま離席した。
    部屋に入ると先日同様、テレビに最上の姿が写し出されていた。
    「おはよう岡田くん。」
    「おはようございます。」
    「発生署配備を解除してくれ。」
    「え?」
    「藤堂豪こと鍋島惇は死んだ。」
    「ええ!?」
    思わず岡田は大声を上げた。
    「こらこら…朝からそんな大きな声出すと、びっくりして僕の血圧が上がってしまうよ。」
    「え…申し訳ございませんが私には本部長がおっしゃっていることが全く飲み込めません。」
    「説明は割愛させてもらうよ。これは君に対する報告だ。」
    「でも…。」
    「とにかく金沢銀行殺人事件捜査本部が追う被疑者鍋島惇は死亡した。よってこの帳場は解散だ。」
    「しかし…。」
    「しかし何だね。」
    「…その…仮に鍋島が死亡したとしても、金沢銀行顧客情報が何らかの形で置き換わった件はどうするんですか。」
    「解決済み。」
    「え?」
    「OS-Iとかドットメディカルの今川とか、HAJABの江国の件だろう。」
    ーえ…なんで本部長はそこまでのネタを把握しとるんや。俺はこの話、若林にしか話しとらんぞ。
    「別働隊が関係者を全て検挙した。」
    「え?別働隊?」
    「うん。」
    「え…どういうことですか。」
    「別件でドットメディカルの今川を捜査していた。そこで芋づる式に金沢銀行のシステムの話も出てきてまとめてパクった。簡単に説明すればこういうことさ。」
    「あ…そうなんですか…。」
    「ところで岡田くん。」
    「何でしょうか。」
    「君が教えてくれたSNSで拡散されているブログ記事の件。僕も読ませてもらったよ。」
    「あ。」
    「君はあの記事を率直にどう思ったかね。」
    しばし黙り込んだ岡田はゆっくりと口を開いた。
    「…真実に迫るものがあると思います。」
    「真実に迫る…。」
    「はい。」
    「どうしてそう言えるんだ。」
    「おそらく私はこの記事を書いとる人間と直接会ったことがあります。」
    「ほう。」
    「その著者が信頼に足る人間かどうかは、正直私はわかりません。ですがその著者と思われる人物を紹介してくれた人間は信頼できる人間です。」
    「…そうか。」
    最上は目を伏せた。
    「はい。」
    「岡田くん。」
    「なんでしょう。」
    「君もやはりそのクチか。」
    「え?」
    最上の口元がやや緩んでいるように見える。
    「頼めるかね。」
    「あの…本部長…。」
    「最後の仕上げを君に頼みたい。」
    岡田はキョトンとした。
    「ホテルゴールドリーフ。ここに今から来てくれ。」
    「え?」
    「そこに来れば全てが分かる。」
    こう言って最上はまたも一方的に通信を遮断した。
    30 December 2016, 10:00 am
  • 15 minutes 1 second
    124 第百二十一話
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    「下間確保しました。」
    「了解。」
    「これからマサさんと下間の通信手段を抑えます。」
    「わかった。くれぐれもホンボシに感づかれないように注意しろ。」
    「了解。」
    土岐は無線を切った。
    「いい流れだね。」
    「はい。」
    県警本部長室の中には各種無線機が並べられ、数名の捜査員が詰めている。その中で本部長の最上と警部部長の土岐は向かい合うようにソファに掛けていた。
    「七里君は?」
    「安全なところに匿っています。」
    「江国は?」
    「情報調査本部の取調室です。今川逮捕と橘刑事告発の話を聞いてシステム改竄についてすぐにゲロしました。」
    「ほう。」
    「今川から県警システムの受注話を聞いたときから、鍋島の指紋情報を都合よく改竄できるよう細工を施していたようです。」
    「そうか。」
    「HAJAB成長の鍵を握っていた今川を抑えられ、金沢銀行システムの斡旋窓口だった橘がやられたとなると、流石に江国もどうにもならずに早々に敗北を認めたというところですか。」
    「そういうところだろうな。」
    「それにしても一色貴紀という男をとりまく人物のその…絆とでも言うんでしょうか…。どうしてここまで人を動かすんでしょうか。」
    「七里君の件か?」
    「はい。七里は熨子山事件当時、一色の車に搭載されていたGPS発信機を自分の車に載せるよう自ら一色に進言。朝倉に対する陽動作戦を決行しました。作戦は功を奏し朝倉は独断で熨子山事件の犯人は一色であると決め、帳場を設置。捜査の早期終結を図る方針を打ち出して自らの企みをもみ消そうとしました。ですが一色本人が鍋島によって殺害されていたため、捜査の方向性を少しずつ調整し、奴にとってイヌである三好元課長を難癖をつけて更迭。事件の主犯である村上も鍋島を使用して殺害。一色の策略は朝倉の前に破れ去りました。それから3年の時を経て、再びあの汚名を晴らさんと今回も七里自ら今川の監視役を買って出てくれました。」
    「そうだね。おかげで今回はうまくいった。」
    「七里にとっては今川が逮捕となり、金沢銀行や県警のシステムに不正を働いていたことが世間に公表されればドットメディカルという会社にとって不利益しかもたらしません。それなのに七里はこの役を自ら買って出てくれました。」
    紙コップに入った温かいお茶を飲んで最上は口を開いた。
    「土岐君。」
    「はい。」
    「君はいま一色の策略は朝倉の前に敗れ去ったと言ったね。」
    「え…はい…。」
    「その言葉、ちょっと違うよ。」
    「え?」
    最上は大きな体を起こして立ち上がった。そして窓側に移動して土岐に背を向けた。
    「一色貴紀という人材を亡くしたのは警察にとって本当に痛手だった。でもね、それも今考えてみれば必要な犠牲だったのかもしれない。」
    「え?あの…本部長…。」
    「3年前の熨子山事件。そして今回のimagawa。これらは全て波多野元内閣官房長官による絵だ。」
    「え…。」
    「つまり一色貴紀をとりまく諸状況はあくまでもミクロの話。マクロでは波多野さんが全て絵を書いていたわけだ。」
    「え…。」
    土岐は絶句した。
    「本部長。松永理事官からテレビ電話がつながっています。」
    無線機の前に座っている捜査員が最上に報告をした。
    「うん。回してくれ。土岐部長も同席してくれ。」
    「え…はい…。」
    部屋の壁に置かれた50型のテレビに映像が写し出された。そこには松永の姿があった。
    「あ…。」
    土岐は思わず声を発した。そこには松永とともに白髪頭の老人が臨席していた。
    「は…波多野元長官…。」
    最上はテレビに向かって敬礼を行った。同席してる土岐も最上に合わせて同じく敬礼をする。
    「ご苦労様です。最上本部長。こちらにも報告は入っています。」
    「面目次第もありません。」
    「たしかに鍋島死亡は残念です。ですがツヴァイスタン関係の人間を一斉に検挙できているんです。ですから良しとしましょう。」
    「ありがとうございます。」
    「七里捜査員は。」
    「安全な場所で休息をとっています。」
    「そうですか。」
    このやり取りに土岐は言葉を失った。
    「え…。七里は潜入?」
    「土岐部長。」
    「は・はいっ!」
    「ご苦労さまでした。十河捜査員と神谷捜査員との見事な連携。おかげで今川と下間はなんなく検挙できました。」
    「はっ!過ぎたるお褒めの言葉です。」
    「朝倉を騙すために日章旗を踏みにじるなんて、屈辱にもよく耐えてくれました。」
    「いえ…。」
    「息子さんの件はご心配なく。彼は何もやっていません。朝倉子飼いのサツカンが適当な罪名をでっち上げて息子さんを署まで引っ張ってきただけです。あなたの出世などには一切響きませんので、従来通り職務に励んで下さい。」
    「と言うことは、朝倉は。」
    「まだです。」
    「え?」
    「朝倉には然るべき人間が然るべき引導を渡します。」
    「松永理事官。」
    最上が口を開いた。
    「今後の指示をお願いします。」
    画面の松永は頷いた。
    「県警警備部はコミュの村井をマークして下さい。本日19時コミュが開かれます。そこで村井を現行犯で検挙します。」
    「現行犯ですか?」
    「はい。罪状はなんでもいいです。とりあえず検挙してから村井への対応は考えます。」
    「承知致しました。人選はこちらで行って良いですか。」
    「はいお任せします。」
    「かしこまりました。」
    「最上本部長。土岐部長。」
    今まで黙っていた羽多野が口を開き自分たちの名前を読んだため、2人に緊張が走った。
    「盆には間に合わなかったが、明日あらためて一色の墓に線香を上げさせてもらう。」
    「はっ。」
    「その際には君も一緒に来てくれ。」
    「勿論です。」
    画面の波多野は穏やかな顔で頷くだけだった。


    午前三時の金沢銀行の専務室は明かりがついていた。
    「明日10時の記者会見の準備はひと通り完了しました。」
    入室してきた常務の小堀が加賀に報告した。
    「ご苦労さまでした。検察は?」
    「橘の身柄とひと通りの資料を持っていきました。」
    「外部に気づかれていませんね。」
    「はい。この事実を知る人間は総務部の一部の人間と取締役会のみ。検察側の人間もマスコミに嗅ぎつけられないよう相当気を遣って隠密に動いていました。」
    「そうですか。」
    加賀は椅子に身を委ねた。
    「しかし専務。」
    「うん?」
    「私は少し解せんがです。」
    「なんですか。」
    「あまりにも検察の動きが早すぎます。こっちからこうこうこんな事があったって電話で通報したら、ものの20分ほどで数名の職員が来たんですよ。ほんで聴取も短時間。立件に必要な書類に目星をつけるのも一瞬。あいつら随分前から橘の悪さをマークしとったんじゃないですか。」
    「…そうかもしれませんね。」
    「ちゅうとこの行内に検察のスパイがおったとも考えられます。」
    「スパイね…。」
    「はい。」
    「居るんじゃないんですか。」
    「え?」
    「まぁそんな人間のひとりやふたり居ないと、常務が仰るように検察はこうも迅速な対応はできませんよ。しかもこんなに隠密理にね。」
    「専務…。」
    「常務。検察のスパイ探しはやめましょう。仮にスパイが行内に居たとしても、実際橘は悪事を働いていたんです。それに司直の手が伸びるのは当たり前のことと言えば当たり前のことです。」
    「…はい。」
    「あとは私が責任をとればいいだけの話です。」
    「え?」
    加賀は席を立った。
    「長かった…。」
    「あの…専務?」
    「でもこれは入り口に過ぎない。これからが本当の闘いになる。」
    「専務。どうしたんですか?」
    加賀は小堀と目を合わせずに窓の外を眺めた。
    「見届けさせてもらいますよ。政治家と官僚の本気を。」
    「え?」
    29 December 2016, 12:00 pm
  • 18 minutes 59 seconds
    123 第百二十話
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    「ご苦労さん。トシさん。今どこや。」
    「病院や。」
    「傷は。」
    「幸い大した事ない。」
    「…良かった。いきなりガサッっていってトシさんうめき声出すんやからな。」
    「ふっ。ワシも長いサツカン人生で撃たれたのは初めてやわいや。こんでしばらく手は上がらん。」
    「痛いんか。」
    「あたりめぇや。だらほど痛いわ。」
    「ほんだけ元気があるんやったら、すぐにでも復帰できそうやな。」
    片倉は煙草を咥えた。
    「トシさんを撃って、すぐさま鍋島の頭を撃ち抜く。悠里のやつここまでの腕を持っとったとはね。」
    「あぁ得物はVSSらしい。」
    「VSS?」
    「あぁワシはその手の重火器についてはよく分からんが、SATの詳しい奴が言うにはロシア製のもんらしい。なんでも開発時に要求されたんは「400メートル以内から防弾チョッキを貫通する完全消音狙撃銃」。(出典https://ja.wikipedia.org/wiki/VSS_(狙撃銃))悠里が狙撃をしたんは丁度400メートル離れたマンションの屋上。そこから射程ギリギリの標的を見事狙撃するわけやから、あいつの腕は恐ろしいもんやと。」
    「ほうか…。」
    「こんだけの腕をもった連中がツヴァイスタンの秘密警察にうようよしとる。そう考えると背筋が寒くなるわ。」
    片倉は煙草の火をつけた。
    「まぁ便利な世の中になったもんや。」
    「あん?」
    「ワシはネットのこととかよく分からんけど、ワシの目の前で起こっとる状況を音声だけとは言え、こんだけお前に伝えることができるんやからな。」
    「何言っとれんて。トシさんの携帯、通話中のまんま放置しただけや。携帯電話の技術の進歩のおかげ。」
    「喋っとるワシの声だけじゃなくて、周りの音まで聞こえとってんろ。」
    「ああ。SATが発砲したんはきれいに聞こえた。ほやからなんの音も聞こえんがにトシさんが倒れたような音が聞こえた時は、まさかSATがトシさんを間違って撃ってしまったんじゃねぇかって焦ったわいや。」
    「それやったら大事やったな。」
    「まあな。」
    「ところで片倉。お前今どこなんや。」
    片倉は窓の外を眺めた。
    「駒寄(こまよせ)のパーキング。」
    「駒寄?どこやそれ。」
    「群馬。こっから霞が関までは約2時間てところか。」
    車の時計表示は2時40分である。
    「ほんまごとはどうなんや。」
    「あぁひととおり喋るだけ喋った。いまごろ黒田のやつひぃひぃ言って記事にまとめとると思うよ。」
    「どこまで喋った。」
    「それは記事を見てくれればトシさんも分かる。」
    「勘弁してくれま。ワシやって手負いなんやぞ。こんな状態でパソコンの画面なんか見れんわいや。」
    「熨子山事件については俺が知りうること全部話した。当時の本多、マルホン建設、仁熊会、警察の癒着の流れ。ほんでその事件の背後に警備課長の更迭があったこと、村上警備担当が不審死を遂げとったこと、村上が鍋島に操られとった可能性があること、鍋島の背後にツヴァイスタンがあるちゅうこととかみんなや。」
    「鍋島の妙な力は。」
    「伏せた。これはカク秘や。」
    「ほうか。」
    「んで最近の事件についてもある程度喋った。」
    「どんなこと喋った。」
    「長尾が公安のエスやったってことは伏せた。その代わり長尾と三好さんの接点については喋った。」
    「小松の件は。」
    「それも伏せた。小松がツヴァイスタン側のエスやって世間にばらしたら、それこそ金沢銀行の信用問題を大きくしてしまう。ただでさえ金沢銀行はかちゃかちゃや。こんなにぞろぞろ不審を買う材料が出てしまうとあの銀行は破綻しかねん。」
    「確かにな。ほんで小松は自殺としての処理のまんまか。」
    「佐竹の部下の真田と武田っちゅうドットメディカルの出向社員が小松の自殺は疑わしいと言っとる。ほやからいずれ岡田んところの帳場と連携とってコロしの線で再捜査になるやろ。」
    「そこら辺で小松とツヴァイスタンの関係性が浮上したらどうするんや。」
    「潰す。」
    「潰す?」
    「ああ。加賀たっての希望や。」
    「なんで。」
    「小松は金沢銀行の役員連中にも人望があったしな。こいつが敵国スパイの協力者やってなると、行内に動揺が走る。金沢銀行は熨子山事件はじめ守衛殺しの事件で信用が落ちてきとる。ほんで橘の不正や。ここに小松の件が加わるとガタガタになる。ほやからせめて行内だけはしっかりと統率を取らせてくれってな。」
    「他ならぬ強力なエスからの頼み事や。しゃあねぇな。」
    「とりあえず今は金沢銀行内の調査と岡田んところの帳場の行方を見守るのが得策と判断した。」
    「ほやけどどうやって潰す。」
    「カク秘。」
    「ふっ。」
    片倉は座席を倒した。
    「トシさんさ。」
    「なんや。」
    「どうやったけ…。」
    片倉は両腕を伸ばして大きく伸びた。
    「鍋島の最後。」
    古田はしばし無言になった。
    「…あっけねぇわ。」
    「ほうか…。」
    「正直ひとが撃たれる現場っちゅうもんを生で見たことなかったし、一瞬何が自分の前で起こっとるか理解できんかったわ。」
    「俺もひでぇ現場見てきたけど全部事後の現場や。」
    「片倉。人間ちゅうもんは瞬時に肉塊になるんやわ。」
    「そうか…。」
    「戦争体験談とかで目の前で仲間がばたばた倒れていくっていうのは聞くけど、多分今回のような状況が常態化するんやろうなと思うと気がおかしくなるわ。」
    「そんなにか。」
    「あぁ。ついさっきまで意思を持って言葉を発しとったもんが一瞬でただの肉の塊になる。形をかえた肉の塊にな。」
    片倉は無言になった。
    「あぁほうや。」
    「なんや。」
    「その鍋島について興味深いネタが上がっとる。」
    「興味深いネタ?」
    「おう。」
    「なんねん。」
    「なんでも鍋島の財布の中から一色の社員が見つかったらしいんやって。」
    「一色の写真?山県久美子の写真じゃなくて?」
    「おう。」
    「なんじゃ…それ…。」
    「普通、財布の中に自分が忌み嫌うもんを入れっか?」
    「いや。」
    「そこで佐竹は興味深い説を打ち立てた。」
    「どんな。」
    「鍋島バイセクシャル説。」
    「バイ?」
    思わず片倉は大きな声を出してしまった。
    「あぁ…ここからは想像の域を超えんけどな。聞くか?」
    しばらく片倉は黙った。
    「…トシさん。俺…いいわ。」
    「うん?」
    「ホンボシの鍋島は死んだんや。五の線ついてはもうあいつら自身に任せようぜ…。」
    「なんや興味ないんか片倉。」
    「興味ないことなんかねぇ。でもな…いまは俺は正直そこまで考えが及ばん。」
    「そうやな…。」
    「俺は俺のやることをやり遂げる。その後にゆっくり聞かせてくれ。」
    「…わかった。」
    電話を切った片倉は車の天井を見つめた。
    「生まれながらにして社会的マイノリティやった奴が性的マイノリティか…。」
    こう呟いた彼はそっと目を閉じた。


    深い夜の時間にも関わらず、石川大学の下間研究室の明かりは点いていた。
    研究室のソファに横なった下間は目を開いて壁にかけてある時計を見た。時刻は3時を回っている。
    ー今日のコミュまでにあと16時間。悠里は大丈夫だろうか。
    大きく息を吐いて再び目を瞑るも眠ることが出来ない。下間は身を起こして窓側に移動した。ブラインドの隙間から外の様子を窺うと、自分の研究室と同じように明かりがついている他学部の研究室も見えた。
    携帯のバイブレーションが作動した。
    彼は咄嗟にそれを手にする。
    「今川…。」
    件名のないメールであった。
    ーこの時間に連絡…。何か嫌な予感がする…。
    下間の鼓動が激しくなった。それによって携帯を手にする指が僅かながら震える。
    ー任務完了の報告は悠里から直接あることになっている…。悠里じゃなく今川からてこの時間に私に連絡となると…。
    荒くなってきている息遣いを落ち着かせるように、下間はわざとらしく深呼吸をした。そして意を決して今川からのメールを開いた。
    「悠里が…警察に…。」
    メールには悠里が鍋島を追う過程で警察に取り囲まれた。その際悠里の車の中からVSSが発見されたため緊急逮捕となったと書かれていた。
    「終わった…。」
    下間は呆然とした。
    暫くして再び今川からメールが届いた。下間は力なくそれを読んだ。
    「キャプテンの力で悠里をどうにかできないか掛け合ってみる。お前は俺に悠里とのやり取りが分かるように簡単にまとめて今すぐ送れ。鍋島についてもキャプテンに再度指示を仰ぐ。」
    「今川さん…。」
    下間の目に力が宿った。パソコンの前に座った彼は直近の悠里とのやり取りを箇条書きに記した。

     ・鍋島の殺害指示を悠里へ伝達
     ・殺害期日を悠里へ伝達
     ・警察から尾行された悠里からそれを巻いた報告あり
     ・案外警察のマークが厳しい。そのためコミュの件を慎むよう悠里からの進言
     ・鍋島殺害は上からの命令があるため実行を確認

    これを下間は直ぐに今川に返信した。
    「悠里の忠実さを打ち出して、朝倉の同情を買うしかないか…。まったく…非科学的な組織だ…。」
    下間は頭を抱えた。
    「頼む…今川…なんとかしてくれ…。」
    研究室のドアをノックする音が聞こえた。
    ー誰だこんな時間に…。
    「下間先生。細田です。」
    「え?」
    「気分転換にキャンパスの中を歩いてたら、先生の研究室に電気がついていたのでちょっと来てみました。」
    パソコン周りを片付けた下間は研究室の鍵を空けた。そこには白髪姿の細田が立っていた。
    「先生も今日は徹夜ですか?」
    「最近、家には帰っていないんですよ。」
    「それはそれは…なんですか学会発表か何か?」
    そう言うと下間は細田に研究室の中に入るよう促した。
    「この日のために。」
    「え?」
    突如細田の背後から神谷が現れ、彼は細田を隠すようにその前に立った。
    「下間芳夫。」
    「なんだお前は。」
    「警察だ。」
    神谷は警察手帳を開いて下間に見せる。
    「下間芳夫。下間悠里による鍋島惇の殺人幇助の疑いで逮捕する。」
    「なに!?」
    下間は神谷によって瞬時に後ろ手に手錠をかけられた。
    「ま…まて…。」
    手錠をかけられる間、下間は細田と目があったが彼は何の反応も示さなかった。
    「残念だったな。下間。細田はこっち側の人間だ。」
    「な…。」
    「鍋島は死んだ。鍋島を殺した悠里は我々の手で抑えた。」
    「え…。」
    そう言うと神谷はスマートフォンを取り出した。そしてその画面を下間に見せる。すると下間は膝から崩れ落ちた。
    神谷が手にするスマーフォンの画面には、先程下間が書き出した箇条書きのテキストが表示されていた。
    「今川も確保済みだ。」
    数名の男が下間と男の間を割って、研究室に入った。
    床に手をついた下間はそのまま力なく地面を見つめた。
    「下間確保しました。」
    無線に向かって神谷は口を開いていた。
    29 December 2016, 1:00 am
  • 24 minutes 53 seconds
    122 第百十九話
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    「こいつとお前を殺す。」
    銃口を向けられた古田は微動だにしない。
    「…心配するな一瞬だ。」
    「ふっ…。」
    「なんだ。」
    「最後の最後でチャカか。あ?鍋島。」
    「なんだてめぇ。」
    「お前は散々人を殺めた。その手口は全て絞殺もしくは刺殺。チャカは使わん。そんなお前がここにきてチャカを手にした。」
    「だから何なんだ。」
    「相当切羽詰まっとれんな。」
    「うるさい。」
    古田は右拳を鍋島に向けて突き出した。
    「あん?」
    「鍋島。これに見覚えがあるやろ。」
    そう言うと古田は握りしめていた右手を開いた。
    それを見た鍋島の動きが一瞬止まった。
    「村上が使っとったジッポーや。」
    「それがどうした…。」
    「お前が目指した残留孤児の経済的自立。それを支援しとった村上のな。」
    「言うな。」
    「お前が金金言うとる横で、村上は仕事を斡旋したり本当の意味でのあいつらの自立支援に取り組んどった。自分の金を持ち出してな。」
    「…。」
    「熨子山の塩島然り、相馬然り。村上の世話になった人間は数しれん。」
    「相馬…だと…。」
    「それがどうや。お前はそんな村上を殺した。それがもとで相馬は会社を厄介払いされた。そん時あいつは誓ったよ。たとえそれが誰であろうと、村上を殺した人間は絶対に許さんとな。」
    「…。」
    「お前は相馬に間接的に経済的援助をしとったつもりなんかもしれんが、どんな理由があれそれこそ偽善。エゴや。お前は今川や下間によって設計された人間や。ほやけどそんなお前でも、お前はお前の力で判断できたはずや。」
    「何をだ…。」
    「何が正しくて何が間違いか。人間として最も基本的な判断のことや。」


    ー鍋島のやつ…ここで銃を取り出してこいつらを撃ち殺そうっていうのか…。しかしこんな住宅が密集している場所で発砲なんかすれば、直ぐに警察が駆けつける。そうすればさすがの奴もお縄だ。
    心のなかでこう呟いた悠里だったが、ここで一旦動きを止めた。
    ー警察?
    「待て…。」
    悠里は咄嗟に暗視スコープの倍率を上げ、北高の屋上あたりを舐めるように覗いた。
    「あ…。」
    そこには物陰に身を潜める人間が何人も居る。
    「まずい…。」
    こう呟いたときのことである、屋上に身を潜めていた人間の内ひとりがこちらの存在に気がついた。
    「しまった。」
    屋上の人物は何やらサインのようなものを別の人間に送っている。
    「くそが…。」


    「こちら狙撃支援班。」
    「何だ。」
    「先程のマンションの屋上に人影らしきものあり。」
    「なにっ!」
    関は立ち上がった。
    「おい。さっきの捜査員と繋げろ。」
    「はっ。」
    指揮班の人間は手際よく無線を繋いだ。
    「私だ。今どこだ。」
    「マンションの手前30メートル。」
    「屋上に居る。」
    「え?」
    「今、狙撃支援班が確認した。…できるか。」
    「…やってみます。」
    「頼むぞ…。」
    グラウンドの様子を映し出すモニターを眺めながら関は祈るような声を出した。


    「ふっ…何が正しくて何が誤りか…か。」
    「ほうや。」
    「それは勝った者が決めることだ。」
    「お前は勝てん。」
    「俺は勝つ。負けるのはお前だ。」
    鍋島は引き金に指をかけた。
    「村上…。やっぱりこいつは言っても分からん奴やったわ。」
    こう呟いた古田は手にしていたジッポーライターに火を点けた。そしてそれを天空めがけて突き上げた。


    「合図です。」
    狙撃支援班からの無線を聞いた関は間髪入れずに返答した。
    「よしやれ。」
    ライフル音
    「ぐあっ…。」
    鍋島の右太ももを銃弾が貫通した。不意を打つ狙撃であったため、彼はその場に崩れ落ちた。すかさず古田は鍋島に駆け寄る。そして鍋島の右手を渾身の力で蹴り上げた。
    鍋島が手にする拳銃は彼の手を離れ、宙を舞った。
    「確保!」
    こう叫んだ古田は咄嗟に鍋島の腕をきめ、彼を地面に伏せさせた。鍋島が動けば動くほどその締りはきつくなる。
    「ぐっ…くっ…。」
    屋上からロープが垂らされた。
    「鍋島。お前のために警視庁からわざわざSATに出張ってもらったんや。ありがたく思え。」
    「SATだと…。」
    「ああ。」
    「クソが…。」
    「ここでワッパかけたいんやけどな。残念ながらワシはもうサツカンじゃあねぇ。ここは現役諸君にお任せするわ。」


    「何だ…あっけないぞ鍋島…。」
    暗視スコープを覗き込む悠里は呟いた。
    ー鍋島…。これがお前が俺に見せたかったものなのか?…。
    悠里は深呼吸をした。
    ー俺に足を洗えとか言いながら、お前はこうも無様に警察のお縄にかかる。…こんなもんを見て何が分かるっていうんだ?
    「くそ…どうする…。このままあいつが警察の手に渡ったら俺の任務はぱぁだ…。」
    北高の屋上に潜んでいた人間たちが一斉にロープを伝って地上に降りはじめた。
    ー残念だが俺だって自分の命が惜しい。そして家族の命もだ。俺がやらなければ父さんや麗も粛清される。もちろん母さんも…。
    生ぬるい風が悠里の頬に吹き付ける。
    悠里は再び大きく息を吐いた。そして風を計算して照準を合わせ直す。
    ー生きてさえいれば何とかなる。俺は生きるためにお前を撃つ。
    「待てや!!」

    「え…。」
    鍋島の腕を決める古田の姿をみていた佐竹は絶句した。
    古田が鍋島に覆いかぶさるように倒れ込んだのである。
    それと交互して地面に伏せられていた鍋島は右足を庇いながら立ち上がった。そして倒れ込んだ古田を見下ろすと、彼は息を切らして肩を抑えていた。
    「ぐうっ…。はぁはぁはぁはぁ…。」
    古田のベージュのカメラマンジャケットが赤く染まりだしていた。
    地上に降り立ったSAT隊員たちは状況を目の当たりにして一瞬立ち止まった。
    「これが…お前の答えかよ…。悠里…。」
    「ゆ…悠里…?」
    刹那、鍋島の頭が撃ち抜かれた。それにともなって彼の頭部の肉片と脳漿が辺りに飛び散った。
    「え…。」
    鍋島はそのまま地面に倒れた。
    「な…鍋島…。」
    「鍋島…。」

    「おメぇぇぇ!!」
    マンションの屋上でライフルを構えていた悠里に突進した捜査員は、彼を背後から羽交い締めにした。
    「ぐっ…。」
    「何やっとんじゃ!このボケがぁ!」
    「はぁはぁはぁはぁ…な…なんだお前は…。」
    「警察や!」
    「け・警察…。」
    捜査員は悠里を後ろ手にしてそれに手錠をかけた。
    「はぁはぁはぁはぁ…班長…。屋上の男逮捕しました。」
    「…ご苦労だった。」
    「現場は…。」
    「…古田負傷。鍋島は死んだ。」
    捜査員は力なくその場に座り込んだ。
    「…無念です。」
    「やむを得ない。」

    職員室に待機していた捜査員たちがグラウンドに集合した。それぞれが現場の状況の記録をとっている。
    「大丈夫ですか。」
    関が古田の様子を覗き込んだ。
    「あ…あぁ…多分…。」
    「出血がひどいです。もうすぐ救急車が来ます。それまでなんとか我慢してください。」
    「すまん。」
    「いえ。謝る必要はありません。鍋島を生きて捕らえられなかった私の責任です。」
    止血措置を施される古田はうつ伏せに倒れる鍋島を見つめた。
    「鍋島を撃ったんは。」
    「下間悠里のようです。確保済みです。」
    「…悠里か…。」
    「麗には悠里のことは伏せてあります。」
    「…あぁそのほうがいい。それにこの現場の状況もあいつらには見せんほうがいい。」
    「はい。」
    変わり果てた鍋島のもとに佐竹が力なく近寄る姿を古田は見ていた。
    「鍋島…。」
    彼の頭部に手を伸ばすとそれは捜査員に制止された。
    「現場の保存にご協力下さい。」
    手を引っ込めた佐竹は呆然として鍋島を見つめた。
    悠里が発射した弾丸は鍋島の後頭部に命中した。倒れる彼の頭部は弾丸によって一部が破裂している。

    「どうせ悲惨な終わりしかないなら、劇的な終わりを俺は望むよ。」

    「これが…。」
    佐竹はその場に座り込んだ。
    「これが…お前が望んだ終わりかよ…。鍋島…。」
    憎しみの念しか抱いていなかったはずなのに、佐竹の瞳から涙が溢れ出していた。
    「なんで…なんでだよ…。なんでこんなことになったんだ!」
    彼の悲鳴にも思える絶叫がその場を静まり返させた。
    「なんで…お前は…ここまで…突っ走っちまったんだよ…。」
    「佐竹さん。」
    関は佐竹に近寄って声をかけた。
    「ひょっとしたらこれ…関係あるかもしれません。」
    白手袋をはめた関の手にはチャック付きのポリ袋があった。
    「え…それ何ですか。」
    「鍋島の財布の中から出てきました。」
    それを手渡された佐竹は息を呑んだ。
    「え?どういうこと…ですか…」
    「見ての通りだと思います。」
    「え…。」
    「一色貴紀の写真ですよ。」
    ポリ袋の中には証明写真サイズの一色貴紀の写真があった。写真の彼は若くそして珍しく笑顔であった。
    「な…んで…?」
    「…わかりません。ですがこの写真だけが鍋島の財布の中に入っていた。」
    「これだけ?」
    「ええ。」
    関は自分の財布を取り出した。
    「見てください。これが僕の財布です。中には数枚の紙幣と硬貨。そして何枚かのカード類しか入っていません。」
    「え・ええ…。」
    「だけどこれ。」
    そう言うと関はメモ帳の切れ端のようなものを取り出した。
    「なんですかそれは。」
    「これはうちの子供が書いてくれた僕なんです。」
    「関さんですか?」
    関は苦笑いを見せた。
    「はい。下手くそでしょう。特徴らしいものをちっとも掴んでいない。でもなんだか見ていると愛着が湧いてくる。ほら自分はこんな仕事しているでしょう。子供と会える時間も限られているんで、せめてこれを財布の中に入れて持ち運ぶことで間接的に一緒な時間を作るようにしているんです。」
    「え…。」
    鍋島は一色の存在を忌み嫌っていた。その忌み嫌う存在を常に財布に入れて持ち歩くとはどういうことだろうか。臥薪嘗胆の薪や胆の役割をこの写真に求めたのか。いやもしもそうならば、一色を葬った鍋島にとってこの写真は無用のものであるはずだ。
    「佐竹さん。これは僕の邪推なんですが。」
    「な・なんでしょう。」
    「鍋島は一色に特別な感情を抱いていたなんてことはありませんか。」
    突拍子もない関の問いかけに佐竹は動揺した。
    「まさか…ははは…そんなわけない…。」
    瞬間、佐竹の脳裏に先程の鍋島とのやり取りが浮かんだ。

    「…じゃあ…なんで…。」
    「なに?」
    「じゃあなんで…一色や村上をお前は…。」
    「…。」
    「なんで一色の彼女を…。」
    「それ…聞く?」
    「え?」
    「野暮だぜ…。佐竹。」

    「まさか…。まさかな…。」
    「何か思い当たる節でも?」
    「いや…仮にそうだとしても…。久美子の件はどうなるんだ…。」
    「佐竹さん?」
    額に手を当てて独り言をつぶやく佐竹の顔を関は心配そう覗き込んだ。
    「待て…。そう思い込むから辻褄が合わないんだ。」
    「え?」
    「そうだ…。発想を変えれば逆に見えなかったものも見えてくる。」
    佐竹ははっとして顔を上げた。そして関の方を見る。
    「関さん…。」
    「はい。」
    「ひょっとして…鍋島は…。」
    「…多分、いま佐竹さんが考えていることと僕が考えていることは同じだと思います。邪推の域を出ませんが。」
    「バイセクシャル。」
    28 December 2016, 2:00 pm
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